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東京高等裁判所 昭和36年(う)756号 判決 1961年11月07日

被告人 杉浦逸子

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

但し、本裁判確定の日より四年間右刑の執行を猶予する。

理由

一、事実誤認の控訴趣意について、

所論は、まづ、本件は非現住建物放火の犯罪であるに過ぎないものを、原判決が現住建造物放火と認定したのは事実の誤認である、と主張するので、記録を精査し、原判決挙示の各証拠を検討し、更に当審において現場の検証その他事実の取調べをした結果を綜合して勘案するのに、被告人が放火したところは、原判示山本とよ方物置内の藁が積み重ねてあつた場所であり、右物置が、同家居宅の母屋の部分と別棟の建物であることは所論指摘のとおりであるけれども、右物置は前記母屋東側庇の部分と直角に接着し、殊に被告人が放火した前記藁の積み重ねてあつた場所は、右物置内の前記母屋に極めて接近したところであつて、同所に放火すれば、右物置を焼燬するにとどまらないで、これに接着した前記庇の部分より母屋に延焼することは必至の状況にあり、被告人は、右物置小屋に放火することは考えていたけれども、母屋を焼く意思はなかつたと主張するけれども前記の如き状況において物置小屋内の藁積みに放火すれば、当然火勢は前記母屋に及んでこれを焼燬するであろうことは、被告人において十分予見していたこと記録上明瞭なところであるから、仮に被告人が右母屋に延焼することは希望しておらず、寧ろその延焼を考えて放火の決行に些か躊躇した情況は認められるのであるが、少くとも前記山本ら家族の就寝していた前記母屋に延焼することを予見しながら、これに接着した右物置に放火した以上、現住建造物放火罪の成立することは言うをまたない。

また前記母屋の東側の吹下庇の屋根瓦の一部及び母屋入口の土間の天井板等の破損は、当時母屋の屋根裏を利用して藁を積み込んでおり、これに延焼の虞れがあつたのでこれを防ぐため消防手等が右屋根瓦をめくり取り、天井板等を破壊して右藁積みを取り除いた際生じたもので、本件火災によつて焼燬したものでないことも所論が主張するとおり、当裁判所の事実調べの結果認め得たのであるが、少くとも被告人の本件放火行為によつて火は物置小屋より前記母屋東側の庇の部分に移り、同所を殆んど焼き尽し、母屋の東側柱等に燃え移りその一部を焼燬した事実は明瞭である。原判決が現住建造物放火の罪を認定したことは相当である。

(その余の判決理由は省略する。本件は量刑不当で破棄)

(裁判官 兼平慶之助 斎藤孝次 関谷六郎)

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